日本の政治では弱者救済を政策の中心におく。これは決して間違いではない。問題は競争した上で生まれた敗者を弱者と読み替えて救済しようとすることだ。弱者の定義はいろいろなハンディで競争したくとも競争できない者、その結果として敗者と同じ境遇に置かれてしまう者のことで、これは社会全体がサポートしなくてはならない。しかし、何故、競争した上での敗者を救済しなくてはならないのであろうか?そうなれば勝者とは一体何かということになってしまう。
日本は戦後、言ってみれば皆敗者であった。勝者、敗者という本来個の競争によって生まれるものを、個というものを否定し、集団で、競争ではなく協調で、集団の皆が勝者になる社会のシステムを創ってきた。これはこれで否定するつもりはない。傾斜生産方式から始まり、間接金融を前提とした官民一体の産業保護政策で経済大国となり、十数年前には、JAPAN AS NO.1とまでいわれるようになった。その頃からビジネスの現場では変化が現れ始めた。まず「能力主義」という言葉が流行りだし、少し後には「結果主義」が、この言葉にとって代わった。こういうビジネスの世界で起きた変化が社会全体に波及してい
く流れを、日本の特殊性、即ち官尊民卑の精神風土の下、競争とは最も無縁の官が世のシステムを創るべしとの思い上がった考えが妨げた。
大きな政府を結果的に創ってきた日本は、社会のありとあらゆる部分が、競争を前提にせず、平等を合い言葉に成り立っている。個の切磋琢磨ではなく、集団として統制し、良い方向に導いてやるという発想である。そのインストラクターが官というわけである。民の中にもこの官の発想が蔓延した。日本型資本主義である。
・構造改革が進めば、勝者と敗者の二極化は加速する
先日IRで欧米を回った時、ある有力な機関投資家が、日本の多くの大企業社長が自らのビジネスモデルを話せないと嘆いていた。ある大企業の社長が、まるで担当役員のような話しかしないので、彼は業を煮やして途中で退席してしまった。それを見て、その社長は激怒したという。その後、その会社は大量に株を売られて株価が下がったらしい。株の持ち合い構造が崩れ、企業の命運を決めるのは最後は株価だという資本主義の大原則を、この社長は理解していなかったのだろう。
株式市場はまさに競争の場である。そこで最終的に敗者の烙印を押される。これから本当の意味での構造改革が進めば、そうした烙印を押される企業は凄まじい数になろう。先のような社長をトップに戴いているような企業は間違いなくその候補になる。こういった企業を政治が弱者と称して救ったら日本の明日はないと私は思っている。ただ一方で、シビアーな競争の場に自らを投じ、勝者になる努力をした者は必ず報われる。こうした者が報われない世の中こそ最も暗い世の中だと私は思う。
(社)経済同友会発行機関誌「経済同友」2003年8月号掲載
<リレートーク>より転載
<リレートーク>より転載
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